妥協の弊害

実名とか出したら気まずいことになるので、名前は全て伏せますが、自分に響く話があったから残しておきます。

ある楽器奏者Aの楽器の扱いが楽器を大切にしているもののそれではないという話題がありました。Aはその理由を楽器が安く譲ってもらった良くない楽器だからこんな音なのさと答えていたそうです。

Bさんは僕に、人が上手くなるのに楽器は関係ない。上手になるためにはそれより頭を使って練習しなければいけない。楽器が悪いからとか、この弦はこういう性質だからとかいうのは思考停止、言い訳だ。大切なのは楽器ではなく、人なんだ。と説きました。

僕はBさんの話全てに共感できるわけではありません。パフォーマンスを向上させるためにわ楽器はとても重要な要素です。相対的にいい楽器、いい弓を持っている方が上手くなる幅は広いです。それを僕は後輩や師匠から分かりました。

一方で楽器が悪いという言い訳はその人のパフォーマンスを下げることになるという点には、僕共感しました。言い訳してこれは2流のものだからしょうがないと諦めるのは思考停止です。それに満足がいかないならば他の楽器を求めるべきだし、もしくは自分の選択に責任を持ってその楽器で納得いくまで試行錯誤を重ねるべきです。

これは妥協した当人にはなかなか気が付かないことかもしれないですね。なぜなら妥協した当人は自分のパフォーマンスの原因がまさか自分にあるとは考えていないからです。しかも、楽器がもう少しいいものだったらなと想像するのは実際行動することよりも楽です。パフォーマンスというのは上には上があるし、先輩や先生には一生追いつけないんじゃないかという気がしてそれに向かって努力するのは途方も無く大変なきがします。だから道端でいじけるのは楽です。

しかし、前を向いて少し走ってみたら自分の景色は変わります。前に進んでいけばその楽器で続けるべきか新しいものを買うべきか自ずと見えてくるんじゃ無いでしょうか。妥協という選択は、人を前に進ませる力を奪ってしまうからしてはいけないことだと思います。妥協することは他の圧力で決まってしまったことだと責任を放棄、思考を放棄する原因になってしまいます。妥協してしまったとしたら、それは自分が積極的に選んだしまったことを受け入れて、心で分かり、その上で試行錯誤を重ねることだと思います。

ここまで1人で考えていて、自分は会社選びに妥協していたと思い出しました。おれの会社は、低賃金だから、サービス違法残業だらけだから、休日違法出勤だから、しょうがないじゃんってさ。

それじゃ前に進まないんだ瀬戸大橋。3流会社であることを受け入れてそこで試行錯誤するか新しくトライするかどっちかだということだよ。

東京の友達からはこっちは就職先面白ところ沢山あるよ、お前も来いよって誘われたし、仕事では毎日自分のダメなところが分かりまくるし、まぁ両方向に少しずつ進んでみるかな。